水循環教材のまえがき(暫定)
まえがき
水循環と水環境
水は、私たちの生命と生活にとって最も基本となる自然由来の資源である。
水環境の保全、あるいは改善と言われると、大多数の人はそれを望んでいる、必要なことだと答えるかもしれない。しかし、水環境の状態が何によって規定されるかについてまでは、なかなか考えが及ばないのではないだろうか。この水環境の状態を規定するのが、本書がテーマとする「水循環」なのである。
身近な水路から、大海まで、水環境はさまざまなスケールでとらえられるが、水は、太陽エネルギーや重力によって、降水(雨や雪)、流下、浸透、蒸発を繰り返し、私たちが接点を持つ地表水、地下水として現れてくる。例えば、水循環の過程から生活や生産に必要な水を取り込み利用したり、時には豪雨や豪雪に見舞われたりする。効率よく水を使ったり、豪雨時に洪水から身を守ったりするために、人間は水循環に何らかの働きかけを行ってきた。
一方、流下や浸透、蒸発といった水循環の過程は、農地の整備や都市開発などの影響を受ける。水循環に影響を及ぼす人間の行為は少なくない。例えば、ふんだんに水を利用する、水が不足しないようにダムなどで水を貯める、同じくダムで流下をコントロールすることで洪水被害を防ぐ、上流のダムから大量に取水し、その水を都市で使い、大規模な下水処理場から使った水を放流する、などである。また、水の使い道には、汚れをとりそれを押し流すことがあり、生活や生産の場から排水として流されるときにさまざまな汚染物質がいっしょに流される。水洗トイレや台所排水を思い浮かべてほしい。これらの行為は、より効率的、より便利な生活や諸活動のための営為であるが、それが、水循環に及ぼす影響は小さくない。
その影響を地下水の利用と涵養の両面からみてみよう。地下水の汲み上げ過ぎによる地下水水位低下、そのために地下にできる空隙により引き起こされる地盤沈下、湧水の減少や枯渇。地下水の収支を考えると使う量だけが問題なのでなく、地下水の涵養量が、源流域の森林荒廃、雑木林や水田から都市的な土地利用への変化などにより、著しく減少している流域も少なくない。さらに、本来ならば地下水を涵養するはずだった水量が、源流域において水力発電用水に使われたり、地下水脈を寸断するような工事によって失われたりする事例も全国に見られる。水質の問題では、発がん性物質である微量汚染物質がいったん地下水に混入すると、その除去が難しいという地下水の特性がある。
水循環の変容の影響は、もちろん地下水にとどまらない。地表水では、豪雨時、都市化による浸透面積の減少により、行き場を失った雨が内水氾濫を起こしたり、上流域の森林荒廃により洪水量が大きくなり、気候変動による豪雨発生頻度の増加もあいまって、洪水被害のリスクが増大している。洪水被害のリスクは、洪水を河道に押し込めようとしてきたこれまでの治水政策とも関連しており、その見直しが求められている。一方で、都市河川において、平時には地下水を経由する間接流出量が減少し、コンクリート三面張りの河川構造が採用されていることもあり、晴天時の河川環境は、アクセスがしにくく、親水性の乏しいものになっている。
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